米国のバックパック文化2017/05/27 09:57

ベアケーブルに荷物を吊す
 アパラチアントレイルでは、多くのバックパッカーに出会った。一日あたり40~50人と出会った。各シェルター(避難小屋)はだいたい定員の12人で満員になり、外でテントを張ったりハンモックで寝ている人もいた。メイン州まで約6ヶ月かけてスルーハイクする人もいれば、行けるところまで行くセクションハイクの人も多かった。セクションハイクと言っても1ヶ月程度歩く人が多く、我々のように9日間と少ない人はまれだった。
 北向きのメイン州を目指すノースバウンドの人がほとんどで南のジョージア州を目指すサウスバウンドの人は少数だった。我々はサウスバウンドで歩いたので色々な人と出会えた。ただし日本人には会わなかった。日本人には好意的な人が少なからずいて、「君は日本人か?私は横田基地にいたことがある。日本には富士山があるなあ」などと話しかけられた。
 シェルターやテントサイトでは食事と寝る場所が分けられていた。食事はシェルターの外のベンチやかまどの回りで、寝る場所はシェルターの中やテントだった。寝ている間、食料は木と木の間に設置されたベアケーブルに吊すようなっていた。これは食料に熊が引き寄せられるためだ。最初、ベアケーブルの使い方が分からなかったが、15分ほど試行錯誤して、ようやく食料を吊すことができた。
 歩く人は若い20代の人から70代の老人まで様々だった。単独行が多かった。短パン、ノースリーブで歩く人も多く見かけた。山登りのど素人みたいな人も歩いていた。荷物はそれなりの大きさだが、足元は運動靴みたいのを履いている人が多かった。体重が重過ぎるだろうと思われる人も1割以上いて、途中で絶対リタイアするだろうと感じさせる人も少なからずいた。ピークを目指して歩く日本の山歩きとはひと味違ったハイキングだった。

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