みちのく潮風トレイル大槌町を歩く2021/10/07 16:39

蓬莱島
 みちのく潮風トレイル二日目は、大槌(おおつち)町を歩いた。最初の吉里吉里(きりきり)海岸では車道から浜辺への降り方が分からなかった。下の浜にいた4-5人の中学生達に降り方を聞くと「あっちだ」と教えてくれた。行ってみても下り口が分らずうろうろしていると、気がついた子供達が「はしごー」と声をかけてくれた。途中に有った梯子を見つけ、ようやく浜辺に下りた。白い砂浜を歩くのは気持ちが良かった。30羽ほどのカモメの群れがいた、我々が近づくと、飛び立って入れ違いに我々が歩き終わった場所の方に移動してしまった。
 港を通り、防波堤を越えると弁天神社が有った。小さな島には赤い鳥居と弁天様がまつられていた。干潮時だったので、島は浜とつながり近くまで行く事ができた。海はエメラルドグリーンで島の岩場にはハマギクが咲き、きれいだった。
 岬を回ると赤浜だった。500mほど沖には蓬莱島が有った。井上ひさし作の「ひょっこりひょうたん島」のモデルの島で、小さい島の割に赤い灯台が大きかった。家族連れが釣りをしている横を通って防波堤の上を島に向かった。ちょうど12時の音楽が拡声器から放送され始めた。なつかしい「ひょっこりひょうたん島」のテーマソングだった。島周辺は波も有ったので、赤浜に戻って公園で昼食休憩にした。
 城山公園で展望を楽しんだ後、この日の終点の大槌駅に着いた。駅は「ひょうたん島」の形を模した屋根がついていて、駅前には「ひょっこりひょうたん島」の主人公のドン・ガバチョの像が有った。像の前で休んでいると、通りがかった初老の男性が「井上ひさしは釜石製鉄所が盛んな頃に山形から移ってきたんだ。駅の南側は今は空き地だけれども、地震の前には家がたくさんあったんだ。カラフトマスの養殖場にするらしい」と教えてくれた。

みちのく潮風トレイル釜石市鵜住居を歩く2021/10/08 13:39

鵜住居復興スタジアム
 みちのく潮風トレイル三日目は釜石市の鵜住居(うのすまい)を歩いた。大槌町から海岸沿いを進むと、やがて鵜住居に着いた。駅前の防災センター跡地には震災モニュメントが有った。防災センターは震災の約1年前にできたばかりで、避難者が集まっていたのに2階の天井近くまで水没してしまい、大勢の犠牲者が出たとの事だった。モニュメントには、津波の高さを示す線と、この地区で亡くなられた人達の名前が記載されていた。
 暑い日だったので駅の食堂で冷たい麺の昼食を食べてから続きを歩き出した。高台に立てられた新しい小中学校を右上に見ながら国道の坂を登っていった。恋ノ峠手前の標高約40m地点まで登ると、今度は谷の反対側の舗装路の下りになった。さっきまでいた鵜住居駅のすぐ近くを通った。「海岸沿いでもないのに何でこんな遠回りのルートなんだ」とぶつぶつ言いながら歩いた。
 20分ほど下って平地に出ると「釜石鵜住居復興スタジアム」に着いた。ラグビーワールドカップ1試合が行われた会場だった。きれいなスタジアムは無人だった。横を通り海辺に出て更に進むと根浜海岸に着いた。この日は、ここで終了することにした。海岸の砂浜で涼しい風に当たりながら休んだ。帰りは河口にかかる真新しい大きな水門を通って鵜住居駅まで近道して戻った。川の対岸には、先ほどまで無人だったスタジアムに中学生が集まって何か催しが行われているのが見えた。
 鵜住居駅では待ち時間が少し有った。駅前の「いのちをつなぐ未来館」を見学した。震災時の展示説明が有った。復興スタジアムは元は小中学校が有った所で、震災時には子供達が我々が下った道を逆に登って恋ノ峠の手前まで避難し、ほぼ全員が助かった、と説明されていた。

みちのく潮風トレイル 釜石市両石まで歩く2021/10/09 13:50

林道を両石へ向かう
 みちのく潮風トレイル四日目は、釜石市の両石(りょういし)まで歩いた。まず鵜住居(うのすまい)駅から根浜海岸まで歩いた。海岸沿いの林の中のベンチに腰掛けて休んだ。次の箱崎漁港を過ぎて車道を歩いて行くと、大きなザックの男性がやってきた。トレイルを八戸まで歩く予定との事だった。「この先の御箱崎(おはこざき)への道が通行止め」と教えてくれた。
 男性の言葉を半信半疑で歩いて行くと箱崎白浜の分岐点にトレイルの通行止めを記載した立て札が有った。念のため立て札に記載の釜石市観光課に電話したところ、12月まで通行止めで間違いなかった。御箱崎の千畳敷まで行くつもりだったのでがっかりした。迂回路は山の反対側の仮宿(かりやど)まで直接向かう道だった。長く歩くつもりで早朝に出発してきたのに、時間が余りそうで途方にくれた。やがてダンプカーがやってきて細身の女性が下りてきた。「地元の人ですか? 仮宿に行きたいんですけれど」と聞かれた。「ちょうど行くところです。この道です。」と教えてあげた。
 そろそろ出発しようとしていると仮宿から車がやってきた。運転手の男性から「どこに行くんだ」と聞かれた。「御箱崎まで行くつもりだったけれど通行止めなんです」と言うと納得していた。「千畳敷まで行ったことが有りますか?」と聞くと、「有るよ、良いところだよ」と教えてくれた。歩き出すとすぐ、男性が道ばたで草取りしていた。「どこから来たの」と聞かれたので、「鵜住居からです。御箱崎へ行こうと思ったんですけれど、通行止めだったので」と答えると、「ああ、今だめなんだよね。又来てね」と言われたので「又来ます」と返事した。仮宿との間には300mほどのトンネルが有った。後ろから乗用車がやってきのでトンネルの壁側によけると我々の横で停まり「気をつけて行ってらっしゃい」と女性ドライバーが声をかけてくれた。
 仮宿からは林道を両石まで歩いた。両石では帰りのバスまで1時間近く有った。幟を立てたお店があったので、居酒屋かと思って近寄ると「つりえさ」と書いてあったのでがっかりした。仕方なく公園のベンチに座り余ったお菓子を食べながらバスを待った。

町田市の小山田緑地を歩く2021/10/12 14:11

 11日は町田市の小山田緑地を歩いた。地元の山の会の活動再開に伴って参加した山行だった。
 まず、唐木田駅から15分ほどで最初の「山中分園」に着いた。天気が良く空気が澄んだ日で広場からは富士山が見えた。次に着いたのは「大久保分園」で、坂を下ると「トンボ池」が有った。木道が敷設されていた。靜かな池を眺めながら散策した。坂を登ると開けた丘に着きベンチが有った。周囲の眺めが良く、林の間に畑の点在する多摩丘陵の景色を味わった。
 ゴルフ場の間を通って進むと「本園」に着いた。入口から坂を登って行くと広々とした「みはらし広場」に着いた。丹沢から奥多摩にかけての山々と雲のかかり始めた富士山が見えた。ベンチに座り昼食休憩にした。小さな双子を連れたお父さんが子供といっしょに遊んでいた。ガイドに連れられた5-6人のグループが次々と登って来て、ガイドの説明を聞いていた。昼食後は上池・下池に向かって雑木林を下った。足下にはコナラのどんぐりがたくさん落ちていて、踏みつけながら歩いた。暑い日だったせいか、林の中からは名残のツクツクボウシの声が聞こえてきた。最後に着いたのは「梅木窪分園」で、「アサザ池」にはツリフネソウが赤く咲いていた。ここにもベンチが有り、10人ほどが休んでいた。
 この日は久しぶりに顔を合わせた人との会話のはずんだ一日だった。起伏が多く、思いの外、歩き応えがあるコースだった。

小鹿野町の両神山に登る2021/10/16 13:32

清滝小屋のテント
 14-15日は小鹿野(おがの)町の両神山に登った。三峰口駅からの町営バスは登山口の日向大谷(ひなたおおや)に12時少し前に着く予定だった。乗る時に運転手から「山は泊まりですか日帰りですか?」と尋ねられた。「泊まりです」と答えると笑顔で「それなら良かった」と言われ、小鹿野町作成の登山マップを渡してくれた。
 初日は清滝小屋までコースタイム2時間あまりだった。楽勝かと思ったら細いトラバースや渡渉も有って、小屋に着いた時は、結構くたびれていた。テントを張り、水を汲もうと炊事場に行くと「飲用禁止」と書かれていた。すぐそばの滝の水を汲むより、5分下った「弘法の井戸」で汲んだ方が良いと、汲みに行った。炊事場横のベンチで食事をした。食事が終わりテントに戻る頃にはすっかり暗くなり、空には上弦の月が輝いていた。今夜のテントは1張だけだった、小屋のガラス窓には、泊まりの若い男性単独行のランプの光がぼんやりとに映っていた。木の上からは聞いたこともない鳥の鳴き声が「ケケケ」と聞こえてきた。夜中には鹿の鳴き声が盛んに谷間に響いていた。夜明け前には小動物の鳴き声が森から聞こえてきた。
 翌朝は明るくなってから出発した。オオカミの狛犬に守られた両神神社を過ぎて、山頂近くになると紅葉がきれいだった。山頂手前でトレイルランナーに抜かれたと思ったらすぐ戻ってきた。すれ違うときに「すぐそこが山頂ですよ」と言われた。山頂からは西側の展望が開けていた。東側は雲に隠れていた。山頂で休んでいると後から山慣れた感じの男性が登ってきた。「八ヶ岳が見えていますね。今朝、日向大谷から登ってきたんです。明日は天気が悪いので今日登る人が多いでしょうね。」と言われた。お互いに写真を取り合った。「お先に」と挨拶して下り始めると、すぐに黒い服の少し疲れた感じの男性単独行とすれ違った。「すぐ山頂ですよ」と教えてあげた。
 下りの梵天尾根はきれいな森の中で雰囲気が良かった。途中で木の間から山頂では見えなかった富士山が見えた。尾根には秩父市と小鹿野町の境界見出標が所々設置されていた。登山標識も時々有った。多くは熊にかじられた跡が残っていた。前半はアップダウンが多く予定より時間がかかってしまった。途中から少し急いで歩いた。後半は歩きやすきなり、登山口の中双里(なかそうり)に着いたときにはバスまで十分時間が有り、のんびりとバスを待った。

上野村のシラケ山に登る2021/10/21 13:45

天狗岩にて
 18日は群馬県上野村の天狗岩からシラケ山まで登った。舗装された林道を車で登ると案内図の有る天狗岩登山口に着いた。最初は沢沿いの道だった。ナメの多い沢を横目に見ながら登って行くと古い小屋を利用した休憩所に着いた。中に入って一休みした。
 小屋からは右手の沢沿いの道を進んだ。「ニリンソウのコル」から稜線を一登りすると「天狗岩頂上」標識の有るピークに着いた。ガイド地図では更に展望台が有りそうなので、細い道を先へ進むと立派な鉄橋の先に岩場が有った。こちらにも「天狗岩」と書かれた標識が有った。周辺の紅葉がきれいだった。展望をゆっくり楽しんでから出発しようとすると、キャップを被った若い女性単独行者がやってきた。「今日はどこまで行くんですか」と聞くと「天狗岩で帰ります」との返事だった。
 階段状の坂を下り、巻き道と合流してからしばらく進むと、次の分岐に着いた。標識にはまっすぐ進む方向に「烏帽子岳」と表示されてた。更に小さくマジックで「シラケ山」の文字が上方向を示して書かれていた。マジックの文字に従って赤テープを拾いながら登った。最後に岩稜を少し登るとシラケ山山頂に着いた。切り立った岩峰になっていた。周囲の紅葉がきれいだった。日が差して暖かで、展望を楽しみながらゆっくり休んだ。雲が少し多くなり両神山の山頂は雲に隠れてしまっていた。
 帰りは落ち葉に埋もれかけた巻き道を経由して小屋へ戻った。小屋からは往路を駐車場まで戻った。この日は短いながらも楽しい山行だった。帰りに「道の駅上野」に寄って地元の十石味噌と野菜を購入した。あいにく味噌ソフトクリームの売店は終了していた。

上野村から赤岩岳に登る2021/10/22 14:59

山頂からの岩場の下り
 19日は上野村から赤岩岳に登った。車を置いて林道を歩き出すと、すぐに堰堤脇の登山口に着いた。最初にロープの着いた急坂があった。やがて沢を下に見る斜面の細い道になった。更に徒渉を数回繰り返した。小さな鉄橋のかかる二俣から更に谷を進んで行った。標識はほとんど無く、赤テープとケルンが頼りだった。
 尾根に出て、更に奥へと進んで行くと赤岩峠に着いた。周囲の紅葉がきれいだった。足下にはクリのイガがたくさん落ちていた。左手には、木の間に山頂の岩が高くそびえていた。道は山頂を左側から巻いて着けられていた。トラバースの道から岩と岩の間の急登になり、岩稜を越えると最後の樹林帯の急登になった。木の根につかまりながら両手を使って登った。
 登り終えると山頂に着いた。紅葉した木に囲まれて、木漏れ日が差して暖かかった。少し脇へ進むと岩の上に出て西側に大ナゲシの尖った山頂が見えた。南側には奥秩父の山々が見えた。昼食を食べながらゆっくりと休んだ
 帰りは往路を下った。行きよりも帰りの方が難しかった。最初の急斜面では木の根の上で足を滑らせてしまい、木の幹に抱きついて止めた。沢沿いの道では徒渉点の岩で足を滑らし靴の中を濡らしてしまった。最後の斜面を横切る細い道では山側に手をつきながら慎重に歩いた。無事、車の所にたどり着いてほっとした。帰りに「道の駅上野」に寄り、ミニトマトとシイタケをお土産に購入した。

みちのく潮風トレイル 雨の釜石市平田を歩く2021/10/30 13:38

大平墓地公園の展望台
 みちのく潮風トレイルの初日は本降りの雨だった。目的地を歩行時間の短い平田(へいた)に変更して釜石駅を出発した。途中のコンビニで昼食を調達し、雨宿りできそうな場所を探しながら歩いて行った。
 住宅地なので良い休み場所がなかなか見つからなかった。結局、平田までの半分以上を過ぎた大平墓地公園まで来てしまった。展望台からは釜石湾が見渡せた。あいにく休憩所の屋根は藤棚で雨宿りには適さなかった。
 展望台から下って墓地に入ると、お参りする人のための休憩所が有った。石造りのテーブル・ベンチの有る立派な建物で、やっと雨宿りできた。遅めの昼食をとってようやくほっとした。裏手の山にあずまやが見え、少し小降りになったので行ってみる事にした。あずまやは屋根が有って、休むのならこちらの方が良かったかもしれなかった。あずまやの周囲は広葉樹が紅葉していて、足下にはコナラのどんぐりがたくさん落ちていた。
 休憩後は、平田に向かって坂道を下った。途中には「鉄の歴史館」が有った。あいにくこの日は休館日だった。平田のバス亭はスーパーの前に有り、しっかりした待合室で雨をしのげた。次のバスまで30分ほど有ったのでスーパーを覗いてみた。広げた手のひらよりも大きい大船渡産のホタテを298円で売っていた。ビジネスホテル泊まりでなかったら買って帰りたいところだった。