15年ぶりに餓鬼岳に登る ― 2011/08/01 21:58
週末、餓鬼岳経由唐沢岳へ行って来た。餓鬼岳に登ったのは二度目で、前回はこんなに疲れなかったはずなのに、との印象。前回は15年前で、白沢登山口から5時間余りで小屋に到達している。今回は7時間半くらいかかっているので、前回はかなり驚異的なペースと言える。見方を変えれば、それだけ自分が衰えたとも言える。
先日の富士山は10年ぶりだった。実は10年前の記録を参考にしながら登った。ところが10年前の記録を維持するのに四苦八苦。最後にピッチを上げて何とか大きく遅れずに山頂に着いたが、ひどく疲れたものだ。10年前の自分と競争するのは愚の骨頂。一度で懲りた。今回も当然15年前の自分との競争は避けることにした。それにしても15年前は、こんなに疲れなかったのになあ。
よく山小屋に泊まると「今日はXX小屋から一気に来た」と聞かれもしないのに自慢げに話す人がいて閉口する事がある。そんな人には、「10年前の自分と競争してくれ」と言いたい。おそらく自分のスピードを人に自慢する事が愚かな事と気づく事だろう。
山登りはそもそも人と競争するような場ではないと思うけれど、これからも最低限10年前の自分と競争する愚は避けたいと思う。
先日の富士山は10年ぶりだった。実は10年前の記録を参考にしながら登った。ところが10年前の記録を維持するのに四苦八苦。最後にピッチを上げて何とか大きく遅れずに山頂に着いたが、ひどく疲れたものだ。10年前の自分と競争するのは愚の骨頂。一度で懲りた。今回も当然15年前の自分との競争は避けることにした。それにしても15年前は、こんなに疲れなかったのになあ。
よく山小屋に泊まると「今日はXX小屋から一気に来た」と聞かれもしないのに自慢げに話す人がいて閉口する事がある。そんな人には、「10年前の自分と競争してくれ」と言いたい。おそらく自分のスピードを人に自慢する事が愚かな事と気づく事だろう。
山登りはそもそも人と競争するような場ではないと思うけれど、これからも最低限10年前の自分と競争する愚は避けたいと思う。
ラマダンのアララット山 ― 2011/08/17 13:41
断食(ラマダン=トルコ語ではラマザン)中にアララット山に登った。
ふもとの町に着いた日はホテル泊。断食中とあって、レストランは19時半からとの事。19時過ぎに町をぶらついた。レストランがまったく開いていないかと言うとそうではなく、レストランのテーブルにはすでにサラダやパンが置かれ、呼び込みも始まっていた。どうやら食べ始めが日没以降なら良いらしい。ホテルに戻ると、ロビーには宿泊客のうちの二人が食べ物を広げて待ち構えていた。日没時にモスクのスピーカーから音楽がなり始めるなりむしゃむしゃ食べ始めた。「おまえも食べろ」と進めららたが、ここは遠慮。もう一度、町へ繰り出してレストランで食事をした。アルコール類は「ラマザン」なのでなしとの事。
登山初日は19時夕食開始。絞めたばかりの羊の煮込み。登山客が全員食べ終わった19時半からガイドも食事開始。ガイドも断食を守った形だ。食後、ふもとの町の明かりが次第に明るくなってきた左手にはイランとの国境の町の明かりも見えた。
二日目は17時半頃食事開始。鳥のもも肉の煮込み。ガイドも一緒に食べていたのでこの日は断食は守らない様子。登頂を翌日に控えた三日目になると更に早まり4時半頃夕食。この日は牛肉料理。断食を守っていたら山登りはとてもできない。
最終日、下山が20時10分だった関係もあり、ホテルから夕食に繰り出したのは22時頃。歩行者天国のようなところに設置されたテーブルで大勢が紅茶を飲んでいた。大衆レストランもまだやっていたので入ると、いらっしゃいませの挨拶がいきなり握手。カウンターから並んでいる料理のうちのいくつかを選ぶ方式。最後に飲み物を選ぶ。アルコールは無いので水を選んだ。かくしてアララット山の締めは大衆料理を食べながらの水での乾杯となった。
ふもとの町に着いた日はホテル泊。断食中とあって、レストランは19時半からとの事。19時過ぎに町をぶらついた。レストランがまったく開いていないかと言うとそうではなく、レストランのテーブルにはすでにサラダやパンが置かれ、呼び込みも始まっていた。どうやら食べ始めが日没以降なら良いらしい。ホテルに戻ると、ロビーには宿泊客のうちの二人が食べ物を広げて待ち構えていた。日没時にモスクのスピーカーから音楽がなり始めるなりむしゃむしゃ食べ始めた。「おまえも食べろ」と進めららたが、ここは遠慮。もう一度、町へ繰り出してレストランで食事をした。アルコール類は「ラマザン」なのでなしとの事。
登山初日は19時夕食開始。絞めたばかりの羊の煮込み。登山客が全員食べ終わった19時半からガイドも食事開始。ガイドも断食を守った形だ。食後、ふもとの町の明かりが次第に明るくなってきた左手にはイランとの国境の町の明かりも見えた。
二日目は17時半頃食事開始。鳥のもも肉の煮込み。ガイドも一緒に食べていたのでこの日は断食は守らない様子。登頂を翌日に控えた三日目になると更に早まり4時半頃夕食。この日は牛肉料理。断食を守っていたら山登りはとてもできない。
最終日、下山が20時10分だった関係もあり、ホテルから夕食に繰り出したのは22時頃。歩行者天国のようなところに設置されたテーブルで大勢が紅茶を飲んでいた。大衆レストランもまだやっていたので入ると、いらっしゃいませの挨拶がいきなり握手。カウンターから並んでいる料理のうちのいくつかを選ぶ方式。最後に飲み物を選ぶ。アルコールは無いので水を選んだ。かくしてアララット山の締めは大衆料理を食べながらの水での乾杯となった。
アララット山の荷揚げ ― 2011/08/22 22:59
週末は雨の志賀高原。テント泊しただけで山には登らずあえなく敗退。人類が住みつく以前から木など生えていなかった感じのするトルコの山々から比べると、緑豊かな日本の山は美しい。雨の恵みに感謝しながら撤退した。
トルコでは木が生えていないから眺めは良いものの、けっこうトイレなんかは困る。日本なら脇に入れば草木におおわれ安心して用を足すことができるが、トルコの場合は、はるかかなたに人がいるなあ、と少し気になりつつ用を足すことになる。これだけ大勢が登るならトイレが有ったほうが良いなぁと思ったものの、そもそも荷揚げ用の馬も多く、登山道はいたるところ馬糞が落ちている。結論としては人間のトイレだけを作ったとしても無意味と言うもの。こういう山と思うしかない。
この馬での荷揚げ作業は放牧を生業としてテント式の家に済んでいる山麓の人たちのかなりの副収入なっている様子。びっくりしたことに子供は別として、ほとんどの人が携帯を持っている。荷揚げの予約や時間調整には携帯は必須と言うことか。電気も来ていないのにどうやって充電しているのか余計な心配をしてしまった。
かくして山で用を足しながらも、山麓住民の経済活動に大きく貢献する事ができたと言う訳だ。
トルコでは木が生えていないから眺めは良いものの、けっこうトイレなんかは困る。日本なら脇に入れば草木におおわれ安心して用を足すことができるが、トルコの場合は、はるかかなたに人がいるなあ、と少し気になりつつ用を足すことになる。これだけ大勢が登るならトイレが有ったほうが良いなぁと思ったものの、そもそも荷揚げ用の馬も多く、登山道はいたるところ馬糞が落ちている。結論としては人間のトイレだけを作ったとしても無意味と言うもの。こういう山と思うしかない。
この馬での荷揚げ作業は放牧を生業としてテント式の家に済んでいる山麓の人たちのかなりの副収入なっている様子。びっくりしたことに子供は別として、ほとんどの人が携帯を持っている。荷揚げの予約や時間調整には携帯は必須と言うことか。電気も来ていないのにどうやって充電しているのか余計な心配をしてしまった。
かくして山で用を足しながらも、山麓住民の経済活動に大きく貢献する事ができたと言う訳だ。
今、外は雨 ― 2011/08/26 21:57
雨が多く、先週末使ったテントがようやく乾いたと思ったら、この週末も雨の可能性が高い。一応、降水確率50%の低山なので行くつもりではいるが、ふもとで降りが強ければ中止するかも知れない。できれば少しでも歩きたいところだ。
実は、今年の目標は「週3回運動をする」事で、今までは達成している。先週末、まるまる山登りが中止になってしまい、目標に対してマイナスになってしまいそうだった。マイナスにならないよう、今日、雨の間隙をぬってプールに行き一泳ぎしたところだ。土曜日、運動しないとなると、挽回するのはまた一苦労になってしまう。今、外は雨。何とか回復してほしいものだ。
実は、今年の目標は「週3回運動をする」事で、今までは達成している。先週末、まるまる山登りが中止になってしまい、目標に対してマイナスになってしまいそうだった。マイナスにならないよう、今日、雨の間隙をぬってプールに行き一泳ぎしたところだ。土曜日、運動しないとなると、挽回するのはまた一苦労になってしまう。今、外は雨。何とか回復してほしいものだ。
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