雨の週末に白神山地の黄葉を懐かしむ2017/10/22 13:50

白神山地小岳のブナ林の黄葉
今年は雨が多い。梅雨以外、本当に雨が多い。週末予定の大菩薩峠もあえなく中止となった。遠くまで行って。何とか山登りを楽しむ事が出来る状況だ。
雨が多いながらも先日は、秋田県白神山地の小岳できれいな黄葉を楽しむ事が出来たので、もう一度画像を載せようと思う。

白神山地の黄葉のブナ林2017/10/19 13:05

小岳の黄葉のブナ林
 白神山地の青森・秋田の県境近くに小岳は有った。世界遺産指定地域からは、わずかに南側に外れていた。とは言え、森自体は連続してつながり、指定地域か否かは、どちらかと言うと人間の都合で決めたものなので、小岳でも美しいブナの森を楽しむ事ができた。
 舗装された車道は、ダム湖に面してキャンプ場の有る素波里(すばり)園地までだった。以後は凹凸の激しい林道を運転して登山口に向かった。秋は落ち葉も多く、特に大きな葉っぱの場合は近づくまで石かどうか分からなかった。本物の石も落ちているので注意深く時速15km程度で走った。林道を約21km、1時間45分かけて走ると、ようやく登山口に着いた。登り始める前に運転で精神的に疲れた感じがした。登山口には今までの林道の状態からは信じられないほどきれいなトイレが有った。入口の寄付ポストに100円を入れて、ありがたく使わせてもらった。
 目論見通り、ブナの黄葉はきれいだった。ブナの森を楽しみながら登った。登るにつれて日が陰り、あいにく山頂に着いた時は曇り空になった。風も有って少し寒かった。雲が切れている西の方には、意外な近さに日本海が日の光を反射して輝いていた。目を東に転ずると、雲の切れ目から日が差して、スポットライトのようにブナの黄葉が丸く浮き上がっているところが有った。黄色いスポットライトは雲の動きにつれて、ゆっくりと動いて行った。ほどほどに展望を楽しんでから下り始めた。しばらく下ると日が差し森が明るさを取り戻してきた。黄葉はいっそう鮮やかに輝き出し、まるで印象派の画家が描く絵の中を歩いているような感じになった。
 帰りも慎重に運転した。1時間40分運転して素波里園地に着き、ほっとして一休みした。この日は、どちらかと言うと山登りより運転の方が疲れた一日だった。

紅葉で混雑していた浄土平2017/10/10 18:20

浄土平から渋滞の車越しに一切経山を望む
 福島駅から浄土平に向かうバスは混んでいた。1台目に補助席も使って55人乗ったが、乗り切れずに10人ほどが2台目の増発バスに乗らなければならなかった。バスは磐梯吾妻スカイラインに入ると渋滞に巻き込まれた。歩くスピードと変わらないくらいだった。下車予定の兎平まで乗っていくと1時間以上遅れそうだったので手前の鳥子平で下車した。バス停の時刻表で確認するとバスは40分遅ていた。
 紅葉のきれいな山道を50分以上歩いて兎平のキャンプ場に着いた。テントを張った。余分な荷物を置いて吾妻小富士に登ることにした。15分ほど歩くと浄土平だった。湿原は紅葉がきれいだった。大勢の観光客がいた。駐車場からあふれた車で道路は相変わらず渋滞していた。トイレも混雑していた。女子トイレは10分待ちで、一部の女性は男子トイレを使っているほどだった。大勢の観光客と一緒に吾妻小富士に登った。
 翌日は一切経山に登った。展望を楽しんだ後、紅葉のきれいな鎌池を経由して東吾妻山に登った。東吾妻山山頂も展望が良かった。下りはぬかるんで歩きにくい道を通り景場平湿原に出た。ベンチで休んでいると、60代の女性が登ってきた。バスで来て、この日は吾妻小舎に泊まるとの事だった。「バスは20分遅れた」と話していた。どうやら前日よりは道はすいていたようだった。
 兎平でテントを回収し、バス始発の浄土平に向かった。浄土平は大勢の観光客で賑わっていた。道の渋滞は前日ほどではなく自家用車がひっきりなしに駐車場に出入りしていた。福島行きのバスは2台に増発されていた。1台目は満席で、2台目にも数人が乗車した。幸い下りでは渋滞に巻き込まれず定刻に福島駅に着いた。おかげで首尾良く予定より一本早い新幹線に乗ることができた。

仙人池の剱岳2017/10/04 16:48

仙人池からの剱岳
 裏剱の仙人池、池ノ平周辺は登山口の室堂や欅平から丸2日かかり、北アルプスでも最も奥まった所にある。行くのが大変にもかかわらず多くの登山者が訪れるのは、他では見ることのできない美しい景色を味わうことができるからだ。
 裏剱への山行の二日目、剱沢から標高差約600mの急坂を登ると、仙人池と池ノ平の間に有る仙人峠に着いた。この日は池ノ平で宿泊の予定だった。仙人峠から左手の剱岳の荒々しい景色を見ながら高低差の少ない道を進むと池ノ平に着いた。池ノ平は小鞍部の別天地で、頭上には剱岳の峰々、眼下には平ノ池を見下ろす場所だった。テント設営後、10分ほど下って平ノ池へ行ってみた。下り斜面には白い穂をたくさん付けたチングルマが紅葉していた。池手前の平坦地では、今年は雪が多かったせいか、まだミヤマキンポウゲがたくさん咲いていた。池のほとりの木道まで行くと、かすかな風に揺れる荒々しい剱岳が水に映って見えた。
 翌日も快晴だった。日の出とともに剱岳が赤く染まった。多くの登山者が景色に見とれていた。小屋の仙人峠寄りの登山道には50-70歳の男性が三人ほど三脚を使って写真を撮っていた。思わず隣りのテントのH氏に「良い感じですね」と声をかけた。
 テントを撤収し、仙人池へ向かった。まぶしい日差しの中を50分あまり歩くと仙人池に着いた。風の無い日だった。池は鏡のようで、剱岳が逆さまに映り、まるで剱岳が二つ有るかのようだった。30代の男性が三脚にカメラを取り付けて剱岳の写真を撮っていた。「風が無くて良いですね」と声をかけると、「今日は最高ですね」との返事だった。

仙人谷で滑落事故を目撃2017/10/03 13:05

仙人谷の事故現場を下方から望む
 裏剱への山行の三日目、仙人池ヒュッテで荒々しい剱岳を見た後、仙人谷を阿曽原温泉小屋に向かって下り始めた。この谷では前日の9月30日に滑落死亡事故が起きていた。事故の事を聞いていたので多少緊張して下って行った
 一時間あまり下ると雪渓が出てきた。小さい雪渓で上は平らだった。硬く凍っていたので、ゆっくり慎重に歩いた。雪渓が終わると谷底まで15-20m程の斜面を横切って進む道になった。道が下りに転じると、先に広い雪渓が見えた。雪渓に上がるための2m程の梯子がかかっていた。前を行く登山者が雪渓の上でアイゼンを付けていた。梯子を登り、雪渓の上の平らなところに荷物を置いた。雪渓は少し硬かった。軽アイゼンを付けようとしていると、50歳位の池ノ平で隣のテントにいた精悍なH氏もやってきた。「やあ、来ましたね」と挨拶した。H氏も軽アイゼンを付け始めた。お互いアイゼンを付け終わる頃に後続の50-60歳の24人組も近づいてきた。時刻は8時半頃だった。
 声がしたので振り返ると、人が頭を下にして大の字になって谷へ落ち行くところだった。「これは死ぬな」と思っているうちに深さ10-20cm程の水の流れる谷底で水しぶきを上げた。声を失って見ていると1分ほどして横になった体が動き出した。「動いている」と思わず声を上げた。4-5分たつと、いったん立ち上がったが、また水の中に座り込んでしまった。青いヘルメットをかぶっている様子だった。登山道までは崩れ落ちそうな岩の斜面が高さ15mほど有り容易には登れそうに無かった。二つの雪渓の間の斜面で、自分自身は問題を感じずに通過してきたところだった。呆然としていた24人の団体のメンバーも動いている滑落者を見て口々に「○○さーん、そこでじっとしていて-」などとと声をかけ始めた。24人の団体でもあり、いつまでも見ている必要は無いので、雪渓を慎重に下り始めた。そして雪渓を渡り終わった先でヘルメットを着用した。
 推測するに、すぐ先の雪渓に気を取られ足元への注意がおろそかになったのだろう。事故は危ない箇所よりも、その前後で起こるとあらためて感じた。ヘリコプターは阿曽原温泉へ下っている11時頃にやってきた。阿曽原温泉では後から来た登山者に「ヘリコプターで救助されていた」との話を聞いた。

鎌倉沢を登る2017/09/28 13:05

鎌倉沢で登山道脇を登る
 鎌倉沢は秩父の南天山の登山道脇を流れる沢だ。三峰口駅からバスで1時間ほど行くと終点の中津川で、鎌倉沢は更に林道を40分ほど歩いたところに有る。奥まった位置に有るので、登り始めるまでにはたっぷりと乗り物に乗ることになる。
 中津川バス停から未舗装の林道を歩いていると、後ろから乗用車がやってきて我々の脇で止まった。熊谷ナンバーの紺色のSUV車で、運転していた70歳位の男性が「南天山に登るんですか?」と声をかけてきた。「南天山までは行かないんですけれど横の沢を登るんです」と答えた。男性は少し当てが外れた様子で「今度みんなで来るので下見に来たんです」と言いながら走り去っていった。今日は南天山に登る人がいるようだ、と思いながら歩いていると、先ほどの車が戻ってきた。下見は登山口までだったらしかった。
 鎌倉沢は赤い岩のナメが多かった。渓流タビを履いてナメの上を歩くと、足の回りを心地よく水が流れていった。倒木や落ち葉でできた淀みが所々に有り、物音に驚いたイワナが澄んだ水の中を素早く泳ぎ、物陰に隠れて行った。途中の法印ノ滝は落差20m程有り見応えが有った。登山道がずっと脇を通っているので初心者にも安心感抜群の沢だった。
 標高差230m程登った標高1050m地点で面白そうな所も終わったので沢歩きを終了した。横の登山道に上がり登山靴に履き替え、登山道をゆっくり下った。この日は、山中を歩いている人には会わなかった。

雨の金峰山2017/09/23 12:37

金峰山からの下り
 甲武信ヶ岳からシラビソと苔の縦走路を歩き、大弛小屋には16時少し前に着いた。翌日は最終日で金峰山に登る予定だった。接近する台風と秋雨前線の影響で天気は崩れる予報だった。大弛小屋の体格の良い30代の小屋番氏に翌日の天気を尋ねると「午前40%で、ぎりぎりセーフですね」と言われた。テント泊の申し込みをすると「何泊目ですか」と質問された。「5泊目です」と答えると、「やっぱりね。じゃあ、雨に降られたのは一日だけですね」と言われた。小屋番氏によると、大弛峠へ至る林道は翌朝から通行止め、週末運行の大弛峠へのバスも運休が決まっているとの事だった。もう一張りのテントの50歳位の登山者は、「明日は登山をあきらめ林道を歩いて下山する」との事だった。
 翌朝は曇りだった。雨はまだ降っていなかった。予定より早く、暗いうちに出発した。しばらく雨は降らなかったが、あいにく金峰山手前の森林限界を出るあたりで本降りの雨になった。レインウェアを着た。風も吹き、山頂に着く頃には薄手の手袋ではすっかり手がかじかんでしまった。霧に覆われた山頂には岩屋が有り、風雨を避けながら休む事ができた。厚手の手袋に交換し、ウールの帽子もかぶった。一休みして山頂を下り始めると、ありがたいことに雨はやみ、稜線がきれいに見えた。幸い雨が降っていたのは1時間足らずだった。それでも登山口まで1時間程になった富士見平小屋手前で再び本降りの雨になった。
 登山口の「みずがき山荘」に着いた頃には、体はすっかり濡れていた。トイレの軒下で服を着替えようとしていると、山中で会った35歳位のカリマーのザックを背負った登山者が通りかかった。「バスは昨日の夕方から運休になっているので増富温泉まで1時間半ほど歩こうと思っている」との事だった。やむなく我々も舗装された林道を下る事にした。
 雨の林道を下り増富温泉に着いた頃には、腹も減り体も冷え切っていた。下ってきた林道の入口には「台風接近のため通行止め」の立て看板が有った。バス停に着いた時には、次のバスまで35分有った。バス停前の土産物屋は食堂も併設されていて「ほうとう」と記載されていた。小柄で愛想の良い40歳位の店主が声をかけてきた。「ほうとうは時間がかかるけれど、暖かいものなら 肉うどん ならすぐできる」との事だった。着替えている間に暖かい 肉うどん ができた。おいしくいただき、体が暖まって一息つくことができた。

甲武信小屋にて2017/09/22 17:01

甲武信小屋のテラス
 奥秩父縦走の四日目は、雁坂小屋から甲武信小屋まで、コースタイム4時間のやや短めの行程だった。良い天気で、途中の笹原では富士山を見ながら歩いた。
 ゆっくり休みながら歩いたものの、甲武信小屋には少し早めの13時55分に着いてしまった。小屋内のテーブルの上には「14時から受付します」と表示され、受付開始までまだ5分有った。小屋前のテラスには少し日焼けして精悍な顔つきのS氏がザックを下ろして休んでいた。S氏も受付を待っている様子だった。14時になると、少し丸顔で30代くらいの小屋番氏が「お待たせしました」と言いながら現れて受付が始まった。S氏に続いて我々も手続きをした。この日、他のテントは無く、好きな場所に張る事ができた。
 時間がたっぷり有るので小屋のテラスで一休みすることにした。小屋にはビールや氷結などが売られていたが、空き缶は持ち帰りとの事だった。小屋番氏に確認すると「人の手で下ろすのでご協力をお願いします。日本酒やワインは小屋のカップで出すので缶の持ち帰りはありません。」との事だった。まだ二日間歩く事もあり空き缶持ち歩き不要の日本酒の地酒を購入する事にした。やがてS氏も白ワインを購入して我々と一緒に飲み始めた。S氏は一眼レフを持っていて、前の山行で撮影した鹿島槍やスイスの写真を見せてくれた。そのうちに日本酒一杯では足りなくなり、S氏につられて赤ワインを追加購入した。S氏は「よかったらこれをどうぞ」と持参のドライイチジクを出してくれた。大ぶりのドライイチジクでワインに良く合った。結局、1時間ほどテラスで写真を見ながらくつろいでしまった。
 翌朝も良い天気だった。S氏と一緒に小屋前で記念撮影をしてから、雁坂峠に向かうS氏と別れ、次の目的地、大弛小屋に向けて出発した。