戦場ヶ原のホザキシモツケ2017/08/19 12:49

ホザキシモツケの間を歩く
 奥日光の二日目は戦場ヶ原に行くことにした。菖蒲ヶ浜キャンプ場のテントに荷物を置いて歩き出した。少し霧雨が降っていた。まだ朝で人のいない竜頭ノ滝を過ぎ、山道に入った。川沿いの道で、周囲は緑の美しいミズナラの森だった。
 赤沼への道を分けると戦場ヶ原に入った。幸い霧雨はやみ、少し薄日も差してきた。きれいな清流にはカモが数匹泳いでいた。清流脇に木道が付けられていた。雨上がりの木道は湿っていて滑りやすかった。木道の幅は1.5mほどで、すれ違いには十分の幅だったが、天気が今一歩のせいか、すれ違ったのは三脚とカメラを持った60代のちょっと太めの男性一人だけだけだった。
 しばらく進むと木道脇にピンクの花が咲いていた。案内板には「このあたりは8月にピンクのホザキシモツケが咲く」との説明が有った。一面のホザキシモツケを見ながら静かな木道を進んで行った。
 湧き水の有る泉門池(いずみやどいけ)で戦場ヶ原と別れると、再び森の中の川沿いの道になった。次第に滝の音が大きくなって行くと、湯滝に着いた。あいにくと雨が降り出した滝では、傘をさした観光客が10人ほど滝見をしていた。

鹿島槍の雷鳥2017/08/18 12:45

鹿島槍の雷鳥
 鹿島槍への途中、冷池山荘の手前の分岐で休んでいると。小さなザックを背負った60代の男性に追いつかれた。ちょうど反対側から60リットル位のオスプレーのザックを背負ったの30歳位の男性がやってきた。60代の男性は若者のザックを見て、「それオスプレーの○○ですよね。私も○○なんですが、雨蓋が取り外せてサブザックになるんですよね。良いですよね~」と、自分のサブザックを見せた。きょとんとした若者は「いいえ、○○ではありません」と返事をした。60歳代は「イヤー似ているなあ。オスプレーはポケットが多くて良いんですよね。カリマーとも比較したんだけれど、オスプレーにしたんですよ」と更に続けた。カリマーのザックを背負っていた私の気分は今一歩だった。
 冷池山荘でテントを張り、軽装で登って行くと布引山に着いた。霧に覆われていた。80リットル位のザックを背負った30歳位の外国人男性が休んでいた。日本語が上手だったので、出身を聞くとオーストラリアとの返事で、今は名古屋に住んでいるとの事だった。翌日の予定を迷っている様子で「明日の天気予報は見ましたか」と質問されたので、その場で調べてみた。この日は30%の降水確率で翌日は40%の降水確率だった。「今日と同じくらいですが明日の方が少し悪いみたいですね」と教えてあげた。
 更に登って行くと登山道に雷鳥がいた。子供を4匹連れた雷鳥だった。写真に撮ってから少し登ると軽装の35歳位の細身の男性が下りてきた。「雷鳥がいましたよ」と教えてあげると、「行きにも見ました」との返事だった。
 山頂で一休みした後、雷鳥のいた所まで下ってきた。行きよりも霧は晴れていて、谷の方が少し見渡せた。きょろきょろ見回していると、登山道から20mほど離れたところに雷鳥がいた。ちょうど下から22-23歳の山登りの経験の浅そうな二人の可愛い女性が、軽装で登ってきた。「あそこに雷鳥がいますよ」と教えてあげた。「どこ?どこですか」と5秒ほど探してようやく見つける事ができた。写真を撮りながら「わー、子供が4匹もいる。教えてくれなければ分からなかった。どうもありがとうございます」とお礼を言われた。おかげで最後は気分良く冷池山荘に向かう事ができた。

鹿島槍のテント場2017/08/14 13:16

冷池山荘のテント場
 鹿島槍登山の二日目、種池山荘のテントを撤収し、爺ヶ岳を越えて冷池山荘に着いた。山荘で受付時にもらったテント番号札には1番と記載されていた。テント場は爺ヶ岳や立山連峰の眺めの良い場所に有った。5張りテントが残っているのは鹿島槍を往復している人たちらしかった。風の少なそうな一番端にテントを張っていると、途中で出会った種池山荘から鹿島槍へ往復する60歳位の男性が通りかかった。「ここはロケーション良いですね~」と言いながら山頂へ向かっていった。テントを張り終わり、余分な荷物をテントの中に置いて、私も鹿島槍に向かった。
 霧の山頂を往復し、テント場に戻って来ると、様相は一変していた。たくさんのテントが所狭しと張られていた。数人がテントを張る場所を探してうろうろしていた。「さすが今日は山の日だ」と思った。これほど混むとは思わなかったので、私のテントの脇には30cmほどの平地が残っていた。
 しばらく呆然としていると、27-28歳の美人登山者が重そうなックを背負って連れの30歳くらいの男性と近くにやってきた。困惑した表情でテントを張る場所を探しているので「ここに張るなら少し寄せますよ」と声をかけてあげた。テントを30cm程端に寄せると、少し斜めながらもテントを張るスペースができた。私と同じアライの2人用テントで色が違うだけだった。私のテントの1番札を見た女性は「何時に着いたんですか。私たちのは55番ですよ」と言っていた。男性もテントを持ってきたとの事で「できれば2張り張りたかったけれど今日は無理ですね」と言っていた。今回は4人で来たけれど二人は疲れたので小屋に泊まっているらしかった。
 翌朝、テントをたたみ終わり出発準備をしていると、隣りのテントに小屋に泊まっていた27-30歳の男女二人が余分な荷物を置きにやって来た。「元気になりましたか」と声をかけると、すっかり元気になった様子だった。男性は私の25リットルのザックを見て「ずいぶんコンパクトですね。テントが入っているんですよね。何リットルなんですか」とびっくりした。そして相方の女性の荷物の量にあきれて「この荷物だけであのザックならいっぱいになるよな」と言いながらテントの中に運び入れていた。4人組は朝日を受けながら鹿島槍に元気に向かって行った。

八幡平のトレイル2017/08/09 17:15

小畚山から三ツ石山へ向かう
 八幡平山頂から大深山、三ツ石山にかけては、なだらかな稜線が続いていて、とても歩きやすい縦走路だった。地元の八幡平市では、安比高原から茶臼岳、八幡平山頂、三ツ石山、岩手山を通り、焼走り登山口までを50kmトレイルに指定して宣伝している。今回は、そのうちの茶臼岳から三ツ石山までを2泊3日で歩いて来た。
 一泊目を八幡平山頂近くの小屋で宿泊した後、二泊目は大深岳手前の大深山荘に宿泊した。きれいな小屋だった。壁に「50kmトレイルの手ぬぐい」が貼り付けてあった。トレイル全体の高低差を断面で示した図があしらわれた手ぬぐいで、ちょうどこの山荘が中間点付近だった。翌朝、5時半に起きて外に出てみると、30歳位の男性トレイルランナー3人がベンチで休んでいた。「早いですね」と挨拶すると「夜の1時に安比を出発した」との返事だった。どうやら50kmトレイルを1日で走り抜けるトレイルランナーらしかった。
 大深岳を経て小畚(こもっこ)山まで来ると、60歳代のトレイルランナーに追いつかれた。「50kmトレイルですか」と聞くと「よく分かりましたね」との返事だった。「それは50kmトレイルのですよね」と、頭に巻いていた小屋で見たのと同じ手ぬぐいを指差すと、「ああ、そうか」と納得した様子だった。夜10時に出発したとの事だった。「若いつもりなんだけれど本当の若い者には負けるよ」と言っていた。「このあたりは良く来るのですか」と尋ねると、「回数は三桁になる」との返事だった。「ここから三ツ石山までが一番良いところなんだ」と教えてくれた。
 小畚山から三ツ石山まで、ミネカエデの潅木越しに岩手山を見ながらの眺めの良い稜線歩きを楽しんだ。三ツ石山から下った三ツ石山荘もきれいな小屋だった。本来は泊まりたかったところだが水場の水は涸れていたので、そのまま松川温泉に下った。温泉で一泊して、疲れを癒やしてから帰宅した。

花の尾瀬を歩く2017/07/27 14:27

尾瀬ヶ原のヒツジグサ
 平日で天気も雨模様だったせいか、戸倉から鳩待峠への8時55分発のバスの乗客は我々だけだった。鳩待峠もさぞ静かだろうと思ったら、実際には小学生がたくさんいた。ざっと見たところでは70-80人。群馬県の学校らしく尾瀬にハイキングに来た様子だった。ガイドに連れられて7-8人のグループに分かれて次々出発していった。静かになったところで我々も尾瀬ヶ原に向かって出発した。
 尾瀬ヶ原では池に浮かぶ白いヒツジグサがたくさん咲いていた。ガイドに連れられた小学生グループとも何度もすれ違った。ガイドは「これは花びらに縦に白い線があるのでカキツバタです」などと小学生に解説をしながら歩いていた。以前来た時に多く咲いていたニッコウキスゲは少なめだった。
 二日目は見晴から尾瀬沼に向かった。尾瀬沼に出る手前では鹿を見かけた。尾瀬沼の北岸から大江湿原に出る所には鹿ネットが有った。大江湿原ではニッコウキスゲがたくさん咲いていた。ちょうど見頃だった。以前来た時は、こんなには咲いていなかったので、鹿ネットのおかげでニッコウキスゲの群落も復活したのだろう。ハイカーも大勢いた。沼山峠へ向かう道ではワタスゲもきれいだった。峠への登り口で再び鹿ネットを通り、湿原に別れを告げた。
 花の尾瀬にすっかり満足し、沼山峠を越えて帰途についた。

梅雨明け早々の金峰山2017/07/22 14:13

金峰山への登りの稜線
 梅雨明け早々金峰山に登った。終点のみずがき山荘でバスを下車した時は、あいにく雨が降っていた。トイレの軒下でレインウェアを着て歩き始めた。幸い雨は15分ほどで上がり、青空が見えてきた。1時間近く登ると富士見平小屋に着いた。小屋には鍵がかかっていて「荷上げのため下山しています」と札に記載されていた。テント泊の料金をポストに入れテントを張った。この日のテントは5張りだった。
 翌日は晴れだった。余分な荷物をテントの中に置いて山頂を往復した。山頂は風が吹いていて涼しかった。小屋に戻ってみると、まだ鍵がかかっていた。札の表示もそのままだった。テントは4張りになっていた。テントを撤収し、一休みしてから下山を始めた。
 みずがき山荘の登山口まで下りると、私と同世代の女性二人組の観光客に声をかけられた。静岡県の御前崎近くから来たとのことだった。「ここが登山口ですか。初心者でも歩けますか。」と聞かれた。「小屋までなら初心者でも歩けます。50分位です。」と答えた。「熊は出ませんでしたか。」と「熊出没注意」の看板を指し示しながら聞かれた。「今日は熊は出ませんでした」と答えた。二人は私の答えに満足したらしく、お礼を言った後に車に乗って下山して行った。
 風に当たりながらベンチで休んでいると折り返しのバスがやってきた。外の方が気持ちが良いのでしばらく休んでから出発5分前にバスに乗り込んだ。窓を閉め切りエアコンを止めていたバスの車内は少し熱気がこもっていた。「ドアを開けておくと虫が入ってくるので」と言いながら運転手が整理券を渡してくれた。「と言っているそばから虫が入ってきた」と言ってぞうきんを持って立ち上がった。虫のそばまで行き窓を明け、首尾良く二匹外にはたき出した。出発1分前になってエンジンがかかると、ようやく換気口から冷たいエアコンの空気が流れ出し車内は快適になった。

大雪山縦走2017/07/13 14:51

化雲岳への途中のホソバウルップソウ
 7月上旬に大雪山をのんびりと5泊して縦走してきた。天気に恵まれ展望を楽しみながら歩くことができた。
 残雪も多く花の時期は始まったばかりだった。以前歩いた7月下旬頃とは花の種類もだいぶ違っていた。黒岳から旭岳にかけてはハクサンシャクナゲがたくさん咲いていた。北海岳から白雲岳にかけては紫のエゾオヤマノエンドウがたくさん咲いていた。
 白雲岳避難小屋を過ぎると好天にもかかわらず登山者は少なかった。ホソバウルップソウがたくさん咲いていた。静かな忠別沼は、いつまでも休んでいたい雰囲気だった。化雲岳の手前にもホソバウルップソウがたくさん咲いていた。ウルップソウは白馬岳でも八ヶ岳でも見たことが有ったが、これほどたくさん咲いているのを見たのは初めてだった。
 トムラウシ山からの下りでは大勢の日帰り登山者とすれ違った。ガイドらしい30歳くらいの精悍な男性が客らしき3人を連れて登ってきた。「層雲峡から来た」事を伝えると我々の荷物を見て「2泊か3泊ですか」聞いてきた。「5泊してきた」事を伝えると「上級者ですね」と言われた。

トムラウシ温泉へ下山2017/07/10 20:06

トムラウシ温泉への下山
 大雪山の縦走はトムラウシ温泉へ下山した。バスは7/15から夏の間だけの運行で、まだ走っていなかった。タクシーで新得駅へ向かうことにした。
 キャンプ場で一泊後、予約したタクシーに乗り込んだ。「登山者の利用は多いんですか」と尋ねると、「そうでもない」との事だった。ほとんどの登山者は自家用車かレンタカー利用で登山口まで行き、山頂を日帰り往復するものと思われた。縦走の下山者が多くなるのはバスの運行期間中だけなのだろう。
 タクシーは山間の道を抜けると一面に畑が続く十勝平野に出た。「あれはトウモロコシですか」と尋ねると「あれはデントコーンで牛のエサにするものです。あれをエサにすると牛乳が甘くなるんです」との説明だった。「トウモロコシはこっち」と、ビニールに覆われた所からまだ苗が出てたばかりの畑を指し示してくれた。行きの電車に備え付けのパンフレットに「新得蕎麦」の記載が有ったので、聞いてみると「蕎麦は秋」との事だった。「アスパラの季節はこの間終わってしまったけれど取れたてはおいしいんですよ」と説明してくれた。その他、チーズの工場も有るとの事だった。その土地の強みを生かして栄えている町の姿には好感を覚えた。
 タクシーで新得駅に着いた時には、予定の特急まで1時間近く有った。駅前でそばを食べた。おいしかった。