水晶山山頂に着きました2018/05/22 12:47

登り途中で月山を望む
山形県天童市にある水晶山山頂に着きました。
登り途中では月山が白く見えました。山頂ではヤマツツジが咲いています。

青ヶ島2018/05/19 18:56

青ヶ島三宝港
 八丈島からの50人乗りの船は25人の乗客で少し混雑していた。周囲の崖がコンクリートで固められ、要塞のような感じのする青ヶ島三宝港には13時過ぎに着いた。集落は標高約300mに有り、宿も集落に固まっていた。港から歩くと1時間半くらいかかってしまう。大部分の乗客はレンタカーを借りていて港で説明を受けていた。我々は宿の車で一足先に出発した。
 店が一軒だけの青ヶ島では、宿は三食付きが基本だった。すっかり空腹になった我々は、集落への途中、標高100mほどのカルデラ内に有る蒸気釜に案内された。蒸気釜は自然に吹き出す蒸気を利用したお釜だ。宿がジャガイモ、くさや、ゆで卵などを暖めて準備しておいてくれた様子だった。蒸気釜の横のあずまやで、おいしくいただいた。意表を突かれた昼食だった。
 蒸気釜から1時間余り歩くと宿に着いた。合計7人の客だった。4泊の釣り客二人、2週間あまり滞在の釣り客1人がいた。一泊だけの滞在は我々も含めた観光客4人だけだった。宿の周囲ではホトトギスが鳴いていた。翌日は宿から歩いて最高点の大凸部(おおとんぶ)に登った。前日訪れたカルデラが下に見えた。燕が飛び回り、渡りをする蝶、アサギマダラが舞っていた。いったいどういう経路で渡ってきたのかしらと思った。
 帰りの船は20人の乗客で、ほとんどが行きの船で見た顔だった。減ったのは釣り客と仕事で来た人たちだけだった。

八丈富士のお鉢巡り2018/05/18 18:08

八丈小島を見ながらの お鉢巡り
 八丈島の朝は土砂降りだった。南東の風が強く、予定の青ヶ島への船は欠航だった。それでも8時頃には雨もやみ青空が出てきた。前日登れなかった八丈富士の雲も取れそうなので一日遅れで登ることにした。宿近くのお店で昼食を調達した後、タクシーに乗って七合目の登山口に向かった。登山口で運転手に写真を撮ってもらってから登り始めた。
 登山道は階段の道で、1時間足らずで火口壁の一角、お鉢巡りの起点に着いた。風が強かった。霧になったり晴れたりして視界はしばしばさえぎられた。火口内にある神社を往復後、右回りに山頂へ向かった。岩が多く風にあおられながら進んだ。アベックの観光客が「これはやばい」と良いながら途中で引き返して行った。ようやく着いた山頂には先着の35歳くらいの男性ハイカーが一人いた。強風の中、我々も腰を下ろして昼食休憩にした。先着ハイカーが下山して行った後、入れ違いに20歳代の男性二人組が登ってきた。二人組はお鉢巡りをするつもりとの事だった。
 山頂から引き返そうかと迷っていたが、意を決して我々も進むことにした。時折、風が強くなり立ち止まって強風をやり過ごした。幸い山頂から先の道は比較的なだらかだった。危ない箇所は特になかった。八丈小島の展望を楽しみながら思ったより楽に一周できた。
 お鉢巡り後、帰りは麓の集落まで歩いて下った。集落に着いてコーヒーでも飲もうと喫茶店をのぞいたら、あいにくと休憩時間だった。仕方なく港まで歩き、自動販売機で購入したペットボトルのコーヒーを飲みながら海を眺めて一日の疲れを癒やした。

大峰奥駈道2018/05/12 17:00

ツツジを見ながら大峰奥駈を歩く
 GWの大峰奥駈歩きは、笠捨山から釈迦ヶ岳まで、通常とは逆コースの北へ向かっての縦走をした。初日は十津川村から「21世紀の森 森林植物公園」を経て奥駈道に出た稜線の古屋宿跡まで登って幕営した。二日目は地蔵岳の険しい鎖場を登り、笠捨山で展望を楽しみ、行仙宿山小屋を通って、夕方近くには怒田宿(ぬたじゅく)跡に着いた。水も無くなってきたので、この日の幕営に備えて水を汲むことにした。水場への踏み跡は無かった。しばらく道を探し回ると水場を示す倒れた標識が有った。ここを下れば水場だとようやく分かった。足場の悪い下りで、ちょうど沢登りの詰めを逆に下る感じだった。途中で同行者には戻ってもらい一人で水汲みに行くことにした。やがて涸れ沢になり、更に下ると最後に水が勢いよく流れている水場に着いた。標高差約90mの下りだった。約6リットル汲んで怒田宿跡に登り返した。
 さて怒田宿跡から出発しようとするとストックがないことに気が付いた。どうやら水場に忘れてきたらしかった。仕方なく再度標高差90mを取りに戻った。ストックを持って登り返し怒田宿跡に戻ると、ちょうど白装束を着た修験者が入れ違いに出発するところだった。上で待っていた同行者によれば、ここは行場になっていて、修験者は5分ほど般若心経を唱えていたとの事。熊野本宮大社まで行くとの事だった。この山行で修験者を見たのは初めてだった。この日は次の倶利伽羅(くりから)岳の手前まで行き幕営した。翌日は平治の宿、持経の宿と通り、嫁越峠で幕営した。時々熊野本宮方面へ縦走する重たいザックを背負った登山者とすれ違った。
 三日目、嫁越峠から釈迦ヶ岳へ向かっていると、30歳位の若い修験者とすれ違った。修験者の割には細身で弱々しい感じだった。我々を見て驚いたのか「初めて人に会った」と言われた。熊野本宮まで行くとの事だった。どこから来たか問われ、間違えて「姫越峠から来た」と答えてしまった。「ああ嫁越峠ですね」と訂正された。意外にも何度も奥駈を歩いたことのある修験者らしかった。
 奥駈道は世界遺産に登録されているが歩く人は少なめだった。釈迦ヶ岳を除き日帰りの人は少なかった。外国人らしき人にも会わなかった。ただツツジはきれいで歩くには一番良い季節だった。

栗子山北方の稜線を歩く2018/05/08 18:13

栗子山北方の稜線を歩く
 ゴールデンウィーク前半は山形県の栗子山に行った。残雪の稜線を縦走しようとの趣向だった。4月に暖かい日が多かったのでヤブが多いのではと心配した。
 砕石場から林道を旧栗子隧道に向かって登っていると40歳くらいの単独行者が下山してきた。精悍な出で立ちで、ガイドをしているとの事だった。、「5月7日にツアーをするけれど少し心配になって下見に来た」と話していた。栗子山から稜線を北に向かうことを告げ、「今年は雪は多いですか」と尋ねると、「少ないですね。冬には雪はたくさん降ったのですけれど。福島県側に雪は少し残っているでしょうけれど、ヤブこぎの連続でしょうね」との話だった。旧栗子隧道前まで登りテントを張った。
 翌日は、踏み跡を赤テープに従って稜線へ登った。稜線に出ても雪はなく、笹ヤブをかき分けながら山頂に着いた。潅木に囲まれた山頂からの展望は無かった。先へ進むか少し迷ったが、ここであきらめるのは早いので、もう少し進むことにした。
 山頂からヤブこぎすること10分で意外にも広い雪面に出た。稜線には雪の尾根が続いていた。以後、ガイド氏の予想には反して、思いの外、快適な雪の稜線歩きを楽しむ事ができた。

栗子山を目指して2018/04/28 15:36

栗子トンネル前のテント
栗子山を目指して栗子トンネルまで来ました。
気持ちの良い天気で新緑がきれいです。
明日、栗子山に登ります。

高登谷山で展望を楽しむ2018/04/26 16:03

高登谷山山頂
 4月22日、信濃川上駅から車で高登谷山(たかとやさん)の登山口に向かった。駅近くは桜が満開だった。やがて一面の高原野菜の畑になった。シーズン前なのか畑には黒い地肌が広がっていた。畑の外れまで来ると別荘地になった。
 別荘地の一角に登山口は有った。車を置いて別荘地を歩き始めた。しばらく進むと山道を示す標識が有った。尾根を一直線に登る急坂だった。芽吹き前の木の幹の間からは山頂付近に雪を抱いた八ヶ岳や南アルプスが見えた。
 急登が終わると山頂に着いた。広くて開けた山頂だった。振り返ると目の前に八ヶ岳が見えた。好展望地だった。他の登山者はおらず、我々だけで山頂は独り占めだった。スパークリングワインで乾杯し、さつま揚げをご馳走になりながら昼食休憩をした。
 帰りは南峰を経由した。南峰には50歳くらいの夫婦が休んでいた。大人数の我々が着いてやかましくなったせいか、入れ違いに我々とは逆方向に山頂に向けて出発していった。南峰から尾根を下り、少し車道を歩いて車を置いた駐車場に戻った。好天に恵まれた楽しい一日だった。

知夫利島を歩く2018/04/23 18:44

アカハゲ山山頂のノダイコン
 隠岐の最後は知夫利(ちぶり)島だった。風が強かったせいか西ノ島から知夫利島に向かう小型の船は、思いの外、揺れが大きかった。港で迎えの車と落ち合い、宿に連れて行ってもらった。宿で余分な荷物を置いてから歩き出した。好天でこれから向かう島の最高点、アカハゲ山が良く見えた。
 アカハゲ山へは舗装された車道の登りだった。周囲は牧場で見晴らしが良かった。車も人も通らない眺めの良い道を風に吹かれながら登って行った。アカハゲ山山頂には休憩所が有り、周辺にはノダイコンがたくさん咲いていた。ノダイコンの上を渡ってくる風に吹かれながら島前カルデラの景色を楽しんだ。
 山頂を後にして、もう一つの見どころ、赤壁(せきへき)に向かった。途中からは牧場の中を歩く道になった。道の上にも牛が出てきていた。牛の脇を注意しながら進んだ。キジの鳴き声も多かった。見下ろすと二羽のキジが鳴き声を立てながら縄張り争いをしていた。負けたキジは150m位飛んで逃げていった。キジもいざとなると飛ぶことができると初めて知った。
 赤壁手前は遊歩道になっていた。遊歩道は牛が入らないよう柵で囲われていた。遊歩道の終点からは迫力有る絶壁を見ることができた。赤壁からの帰り、車道に出てから牛の横を通る時に、スクーターに乗った40歳くらいの女性とすれ違った。牛の横を平気で通ってきたので、おそらく牛の持ち主なのだろうと思った。