大キレット踏破2018/08/14 09:03

北穂高岳より
無事、大キレットを踏破して北穂高岳に到着しました。
良い天気に恵まれてラッキーでした。小屋でコーヒーを飲んでくつろいでいます。

南岳小屋2018/08/13 13:30

天狗池
大キレットを目指して天狗池経由 南岳小屋まで来ました。
今日は、ここでテント泊します。霧で時々雨の一日でした。
テントの外は雨。衣服が湿って気分悪いです。

静かな蝙蝠岳山行2018/08/09 18:00

塩見岳
 二軒小屋からの登りはシラビソやダケカンバの樹林帯だった。初日は徳右衛門岳山頂直下にテントを張った。水場を往復して水を補充した後、テントのそばにマットを敷いて屋外で夕食を作って食べた。食事が終わり、日没前にテントに入ると雨が降り出した。雷も鳴った。近くに来ているようで、稲光と雷鳴がすさまじかった。横になってじっと耐えた。9時頃になって、ようやく雷は鳴り止んだ。
 翌朝、雨はやんでいた。登るに従って霧になり、少し霧雨も降った。森林限界を出た時には視界は100m程だった。消えそうな赤ペンキ印を見つけながら登った。霧のせいか蝙蝠岳山頂直下には雷鳥の親子がいた。
 縦走路の仙塩尾根に出たところで、初めて人に会った。仕事で蛾の調査をしている4人組の人たちだった。蝙蝠岳から来たことを伝えると、「雷鳥はいましかた」と聞かれた。塩見岳を越え、宿泊する塩見小屋には15時半に着いた。台風が近づいていることもあり、小屋番のO氏には「もう来ないかと思いました」と言われた。アルバイト男性に「蝙蝠岳では雷鳥を見ましたか」と聞かれた。蝙蝠岳は雷鳥の目撃情報が多い様子だった。「塩見岳西峰の下でも時々目撃情報がある」との事だった。我々以外の小屋の宿泊者は6人だけだった。
 翌朝は快晴だった。展望を楽しみながら三伏峠まで下った。三伏峠で急に天気が悪化し雨になった。鳥倉登山口のバス停に着いた時はずぶぬれだった。バスの中でレインウェアを着替えた。この日、すれ違った登山者は5人だけだった。バスの乗客も我々だけだった。静かな蝙蝠岳山行だった。

お花畑に囲まれたPrehodavcih小屋2018/08/03 17:44

Prehodavcih小屋の冬期小屋
 トリグラウ(Triglav)に近いKredarici小屋からの下りは、あちこちに雪渓が残っていた。ワイヤーの岩場も所々にあった。途中のDolicu小屋では管理人が雪渓の雪をバケツに入れて溶かしてトイレ用の水を作っていた。谷間の道には、黄色いポピーのような花や紫のイブキジャコウソウのような花が咲いていた。白い岩の間にはマーモットがいた。
 宿泊予定のPrehodavcih小屋は、お花畑に囲まれた別天地のような所だった。小屋前の草地に寝そべっている人は、あたかも花の中に埋もれているかのようだった。100mほど下には氷河湖が見えていた。事前に電話がうまくつながらなかったので宿泊の予約はできていなかった。受付の20代の女性には、「キャンセル待ちになるので18時まで待ってほしい」と言われた。外のベンチで花を見ながら休んでいるうちに「キャンセルが出た」との知らせがあり、18時前に離れの冬期小屋(Winter Room)のベッドが確保できた。冬期小屋は1階が倉庫で2階が宿泊部屋になっていた。2階の方が広いので遠目にはマッシュルームのような形だった。トイレは母屋から30mほど下の離れた場所に有り、母屋の人も使っていた。夕食は母屋の食堂だった。ドイツ人家族の隣りになった。我々を一昨日の小屋で見たとの事だったが、思い出せなかった。「Trigravに登ったか」と聞かれたので、「Yes」と答えると、「おお」と感激してくれた。どうやら彼らは子供達と一緒なので登ることができなかったらしかった。
 夕食後、トイレから冬期小屋に戻ろうとしていると、目の前にアイベックス(大きな角を生やした鹿)が現れた。びっくりした。後ろを振り向くと小屋の人たちもこちらを見て写真を撮っていた。「このままだと彼らの写真には私とアイベックスが映ってしまうな」と思ううちに、アイベックスはゆっくりと湖の方に下りて行った。
 翌日も良い天気だった。次々現れる氷河湖を眺めながら下った。途中のTriglavskih jezerih小屋ではマッシュルームスープをおいしくいただいた。ちょうどヘリコプターの荷揚げが始まったところで、居合わせた登山者は珍しそうに写真を撮っていた。荷揚げは繰り返されたので、4回目になる頃には誰も見向きもしなくなった。この小屋は水が無料だった。水筒に水を満たしてからボーヒン湖に向け谷を下って行った。

KRN山の山小屋2018/08/02 18:45

Kuhinja小屋
 KRN(クルン)山 2244m山頂からは北東側にスロベニアの峨々たる山々(ユリアンアルプスと呼ぶ)が一望できた。一方、南西側は一気に標高200mほどのSOCA(ソチャ)川まで落ちていた。あたかも甲斐駒の山頂から中央線の走る谷を見ているような高度感だった。谷までの間はカルスト地形になっていて、白い岩の間に緑の草原が広がっていた。ところどころには牛がいて牧歌的雰囲気がした。宿泊予定のKuhinja小屋は中間の標高1000mほどの所にあり、まだまだ小さく見えた。
 草原の花々を見ながらゆっくり下り、小屋には18時過ぎに着いた。テラスに赤い花が飾られていた。ベンチには登山を終えた日帰り客が二人ほど休んでいた。あいにくと小屋の主人は、英語が通じなかった。ここには車道が来ているので、翌朝はタクシーを呼びたかった。タクシーを使いたい意思を伝えると、「7時にバスがある。」と壁に貼られた時刻表を指し示して教えてくれた。朝7時と夕方17時台の二本のバス時刻が書かれていた。ここまでバスが来るとは調べ切れていなかった。バスに乗るためには朝食を早めに作ってもらう必要が有る。6時の朝食をお願いしようとして四苦八苦した。バスが有ることがうまく伝わらなかったと勘違いした主人は翻訳ソフトで「7時にバスが出発します」との日本語表示をモニタに出してくれた。こんなところでモニタの日本語表示を見たのでびっくりした。「それは分かっているんだけれど」と思いながら、やりとりを重ねた。やっと6時に朝食を作ってくれる事を確認した。水をどこで手に入れるのか聞くため、空のペットボトルを指差して飲むまねをしたら、外の水場を指差して教えてくれた。
 夕食前、覚え立てのビールの銘柄名「ラシュコ」と言うと、「おお、ラシュコ」と言いながら機嫌良く冷蔵庫から500ccの瓶ビールを出してくれた。食後にテーブルに並んでいたケーキのうちの一つを指差して注文すると、奥さんが「スロベニアのケーキも有る」とスロベニア語で言いながら奥から一見シュウマイのような形の冷凍されたお菓子を出してきた。注文すると10分ほどして暖めたお菓子を出してくれた。おいしかった。
 翌朝、町からやってきたバスには15人ほどの乗客が乗っていた。これから山頂まで日帰りで登る人たちらしかった。一日、二本だけのバスを利用して山登りする人も結構いて、KRNは人気の山だと思った。

パラダイスのBogatimon小屋2018/07/31 22:43

Bogatimon小屋
 ボーヒン湖近くのサビチャの滝からカルスト台地上のBogatimon小屋までは登り3時間余りの行程だった。幅広の勾配の緩い山道で、要所要所が石垣で整備されていた。坂が緩くなり木がまばらになると、花が多くなってきた。日本ではハクサンイチゲなど湿性のお花畑が多いが、こちらでは乾いた土地に咲く花が多く、ウサギギクに似た花や、ハクサンチドリに似た花などが咲いていた。台地に出て小屋を見晴らす小高い場所に着くと説明板が有った。「第一次大戦時に軍のキャンプ地になった所」と記載されていた。
 小屋は英語を少し話せる30歳くらいの女性と、英語を話さない40歳位の女性の二人で切り盛りされていた。山岳協会で管理されているそうで、女性達は雇われて働いている様子だった。30歳くらいの女性に受付してもらった。「働き始めて4ヶ月だけれど日本人は初めてだ」と言われた。夕食に何を食べるか聞かれ迷っていると、ネットを使って日本語訳してくれた。「キャベツのスープ」と仮名で訳された料理を注文した。食堂の壁には3週間ほど前に訪れた小学校低学年の子供達の絵が10枚ほど張られていた。遠足でここまで来ている様子だった。2階の寝室へはスリッパに履き替えて登った。滑り止めの絨毯が階段各段の中央に扇形に貼られていた。センスの良さを感じた。部屋はきれいで、2段ベッドも真新しかった。まるでペンションのような雰囲気だった。
 時間が早いので周囲のお花畑を散策した。60歳代のアメリカ人が通りがかり「初めてスロベニアに来たけれど、こんな良いところとは思わなかった」と言った。一回りして戻ると受付してくれた女性が小屋前のベンチで本を読んでいた。この小屋が気に入ってる様子で「ここはパラダイスだ」と言っていた。宿泊は、他に赤ん坊と幼稚園児くらいの子供を連れたドイツ人一家だけだった。ちょうどお父さんが日帰りで行ったKRN山から戻ってきた。「往復7時間かかった」との事だった。片道5時間半のコースなので受付女性も驚いてた。夕食でキャベツのスープ(ザワークラウトと大麦の入ったスープ)をおいしくいただいた後、ドイツ人お父さんがKRNへの途中の写真を見せてくれた。途中の氷河湖がきれいに映っていた。一家は、ここに3泊しているそうで、この山小屋が気に入っている様子だった。「どうやってここを知ったのか」と聞かれたので、英語で詳しく説明できなくて「地図で見て知った」とだけ答えた。寝る前には子供の作ったくじ引きの相手をさせられた。結果が「悪い人」との事になったので、残念な表情をしたら、子供はとても喜んでくれた。
 夜間に雨が降ったせいで、翌朝、外のベンチは濡れていた。朝食を食べ終わり、外で出発準備をしていると、ドイツ人一家が外に出てきた。朝食を外で食べるらしかった。「濡れてますよ」と伝えると、気が付いた小屋の40歳位の方の女性がベンチに毛布を敷いてくれた。こんなところで家族で朝食をするなんて、気分良いだろうな、と思いながら小屋を後にした。

スロベニア山小屋事情2018/07/30 14:15

Kredarici小屋よりトリグラウを望む
 スロベニアでの12泊中、7泊は山小屋に泊まった。山小屋の密度は日本の北アルプスと同程度で、3時間程度歩くと次の山小屋があり、下山せずに山の中を泊まり歩くには便利だった。山小屋は昼は食堂として営業していた。ただし、お菓子などの行動食は売っていなかった。
 トリグラウ周辺の山小屋は割と混雑していて定員の9割程度は埋まっている感じだった。後半のKRN周辺の小屋はすいていて、他の客は1-3組だった。料金は1泊2食で40ユーロ弱(約5200円)で日本よりはかなり安めだった。クレジットカードを使えたところは3軒、使えなかったところ2軒、未確認2軒だった。
 英語は6軒で通じたが、1軒は全く通じなかった。予約はメールでは受け付けず電話のみだった。ツーリストインフォメーションやホテルロビーに予約を依頼した。1軒だけ電話がうまくつながらず予約無しで行ったら、「キャンセル待ちなので18時まで待ってほしい」と言われた。結局、キャンセルが出て、ベッドは確保できた。確保できないと食堂の営業が終わる21時以降に食堂で寝る事になるところだった。部屋は相部屋(ドミトリー)にしたが、すいている山小屋では実質、個室と同じになった。夕食は3-4種類のメイン料理の中から選ぶ方式だった。朝食はコーヒーか紅茶、パン、ジャム、卵料理と言ったところ。食事時間は1軒は決められた時間だったが、他の6軒は受付時に時間指定するか自分の好きな時間に食堂に行って注文する方式だった。
 トイレは水事情の悪い2軒はポットン式だったが、5軒は水洗だった。食堂は土足OKだが寝室へはスリッパに履き替えて行く方式で、寝室はどこもきれいだった。シャワーは無しが3軒、有料が2軒(4ユーロで2~4分)、無料が2軒だった。ビールは500ccが4ユーロで、日本より少し安めだった。飲料水は3軒が有料でペットボトルで500cc 2.2ユーロ 1500cc 4.4ユーロ程度だった。他の小屋は無料だった。シーツは、有料の所が2軒(2.5ユーロ程度)、使い捨てシーツが料金に含まれているところが3軒、シーツ無しが3軒だった。布団はふかふかで快適なため熟睡できた。室内は暖かだった。暑すぎて、窓を少し開けて寝る場合もあった。

八ヶ岳で花を楽しむ2018/07/03 18:12

ウルップソウ
 週末の八ヶ岳は天気に恵まれた。土曜日とあって、行きの美濃戸口行きのバスの乗客は、20代を中心に若い人ばかりだった。
 樹林帯ではコマドリ、メボソムシクイ、ルリビタキなどの小鳥の鳴き声が盛んに聞こえて、いかにも初夏の山らしかった。空気も澄んでいて、富士山や南アルプス、北アルプスが良く見えた。赤岳から横岳にかけては花もきれいだった。珍しいチョウノスケソウやウルップソウが多く咲いていた。オーレン小屋へ下る樹林帯ではオサバグサがたくさん咲いていた。
 花を目当てに歩いている人にも何人か会った。西天狗岳へ向かっている時にカメラに小さい三脚を付けて持ち歩いている40歳くらいの女性とすれ違った。我々の大きいザックを見て、どこから来たか聞かれた。赤岳から歩いてきた事を伝えると。コマクサの様子を聞かれた。硫黄岳はまだつぼみが多かったけれど根石岳山荘付近は咲き始めていると教えてあげたら喜んでいた。
 最後にきれいな苔の道を歩き渋ノ湯に下山した。温泉で汗を流してからバスに乗り込んだ。