サハリンの予定 ― 2019/07/01 15:03
明日からサハリンへ行く予定だ。ユジノサハリンスクに宿泊し、それぞれの日の予定は以下の通りだ。
3日:トナイチャ湖
4日:チェホフ山登山
5日:ブガチョフスキー火山
6日:予備日
7日:エスタフィア岬
8日:予備日
現地状況があまりよく分からず手探りで立てた計画で、いずれも現地の旅行会社にガイドを依頼してある。うまく行くかどうか分からないけれど楽しんでこようと思っている。現地から適宜状況をアップロードするつもりなので期待してほしい。
3日:トナイチャ湖
4日:チェホフ山登山
5日:ブガチョフスキー火山
6日:予備日
7日:エスタフィア岬
8日:予備日
現地状況があまりよく分からず手探りで立てた計画で、いずれも現地の旅行会社にガイドを依頼してある。うまく行くかどうか分からないけれど楽しんでこようと思っている。現地から適宜状況をアップロードするつもりなので期待してほしい。
サハリンのチェーホフ山のガイド付き登山 ― 2019/07/11 15:00
成田からの飛行機は7/2の夜21時過ぎにユジノサハリンスクに着いた。少し霧雨の降る中、タクシーで15分の市内にあるホテルにチェックインした。
翌7/3は午後から車で40分ほどのトナイチャ湖へ行く事にした。13時にホテルロビーでガイドのBさん、運転手と落ち合った。トナイチャ湖はあいにくの曇り空で、周囲の山々は雲の中だった。Bさんは60歳の男性で、40歳頃から独学で日本語を勉強し始めたとの事だった。日本語の上手なBさんから花や植物の日本語名を次々と教えてもらった。チシマフウロやエゾスカシユリがたくさん咲いていた。Bさんは自然が好きで、植物の日本語名は図鑑で覚えたとの事だった。この日のガイド料は18000Rub(約32400円)/4人だった。料金は帰りに旅行会社B社の事務所に寄って翌日の分と合わせて支払った。ホテルには16時頃に戻った。
7/4はチェーホフ山の登山だった。前日のBさん、運転手の他、登山ガイドのNさんも加わった。Nさんは背が高く、アウトドアの経験が豊富な女性で、ロシア語しか話せないのは少し残念だった。「子供達を連れて時々チェーホフ山に登る」と言っていた。車に約40分乗り、登山口に着いた。手渡されたお昼のお弁当を持って出発した。あいにくの曇り空だった。この日もBさんにはたくさんの植物の名前を教えてもらった。中腹にはお花畑が広がりチシマフウロやヤマブキショウマがたくさん咲いていた。Bさんは鳥の鳴き声もよく分かり、エゾムシクイやアカハラの鳴き声を教えてくれた。ハイマツが出始めて標高1000mの前衛峰に着くと霧雨になった。この先、山頂までは小道が多くて迷いやすいとの事で、視界の得られないこの日はここまでとなった。Bさんによれば、「この先、特に新しい花はない」との事だったが、何となく山頂に行かない言い訳に聞こえた。弁当を食べ、前衛峰の岩の周りを一周して花を眺めた。エゾツツジやイワベンケイが咲いていた。固有種のカラフトサイコも咲いていた。
往路を下山し、登山口には17時過ぎに着いた。この日のガイド料は84200Rub(約151560円)/4人で、Bさんのガイドは素晴らしかったが、山頂に行けなかった事を思うと少し高かった。
翌7/3は午後から車で40分ほどのトナイチャ湖へ行く事にした。13時にホテルロビーでガイドのBさん、運転手と落ち合った。トナイチャ湖はあいにくの曇り空で、周囲の山々は雲の中だった。Bさんは60歳の男性で、40歳頃から独学で日本語を勉強し始めたとの事だった。日本語の上手なBさんから花や植物の日本語名を次々と教えてもらった。チシマフウロやエゾスカシユリがたくさん咲いていた。Bさんは自然が好きで、植物の日本語名は図鑑で覚えたとの事だった。この日のガイド料は18000Rub(約32400円)/4人だった。料金は帰りに旅行会社B社の事務所に寄って翌日の分と合わせて支払った。ホテルには16時頃に戻った。
7/4はチェーホフ山の登山だった。前日のBさん、運転手の他、登山ガイドのNさんも加わった。Nさんは背が高く、アウトドアの経験が豊富な女性で、ロシア語しか話せないのは少し残念だった。「子供達を連れて時々チェーホフ山に登る」と言っていた。車に約40分乗り、登山口に着いた。手渡されたお昼のお弁当を持って出発した。あいにくの曇り空だった。この日もBさんにはたくさんの植物の名前を教えてもらった。中腹にはお花畑が広がりチシマフウロやヤマブキショウマがたくさん咲いていた。Bさんは鳥の鳴き声もよく分かり、エゾムシクイやアカハラの鳴き声を教えてくれた。ハイマツが出始めて標高1000mの前衛峰に着くと霧雨になった。この先、山頂までは小道が多くて迷いやすいとの事で、視界の得られないこの日はここまでとなった。Bさんによれば、「この先、特に新しい花はない」との事だったが、何となく山頂に行かない言い訳に聞こえた。弁当を食べ、前衛峰の岩の周りを一周して花を眺めた。エゾツツジやイワベンケイが咲いていた。固有種のカラフトサイコも咲いていた。
往路を下山し、登山口には17時過ぎに着いた。この日のガイド料は84200Rub(約151560円)/4人で、Bさんのガイドは素晴らしかったが、山頂に行けなかった事を思うと少し高かった。
サハリン プガチョフスキー泥火山ハイク ― 2019/07/12 13:17
7/5、サハリンの4日目は現地の人達を主に扱っているツアー会社A社にプガチョフスキー泥火山を案内してもらうことにした。朝9時、ホテルにガイドのCさんとともに通訳のMさんが迎えに来た。特に通訳を頼んでいなかったのでびっくりした。Cさんはスポーツ選手のように精悍な若者だった。Mさんは日本語を勉強している身長170cmの可愛い女子学生だった。最近日本語スピーチコンテストでスポーツボランティアについて話をして優勝し、今度日本に行くとの事だった。スキーが趣味で、この冬、世界の子供達をサハリンに招いた大会を開いたとのことだった。
途中の海岸や村を見学し、泥火山の入口に着いた時は12時半を回っていた。手前に小さな駅が有ったものの、あたりは全く観光地化されておらず、原野の道の行き止まりと言った感じの場所だった。Cさんの準備した長靴を履き、虫除けスプレーを肌にかけて出発した。かすかな踏み跡が有るだけの道だった。乾いた踏み跡は、やがて湿原になった。湿原の中をそのまま進んで行った。小さな流れでは長靴が水の中に20cm程浸かった。Cさんは時々GPSを見ながら方角を確認していた。
50分ほど歩くと急に広大な泥の広場に着いた。泥は円形に積もっていて、直径は300mほども有りそうだった。円の縁近くの泥はひび割れていて古そうだった。中に入っていくと泥は次第に柔らかくなった。まだ中心まで50mほど有りそうな場所でこれ以上は危険と判断して戻る事にした。Mさんがタブレット端末を使って「空から見ると、こう見えます。」と目玉のように映った泥火山の写真を見せてくれた。Cさんによれば、「柔らかさからみて1週間位前に噴出したのだろう」との事だった。「最大で50m位吹き上がる」との事だった。
泥火山からの帰りには海岸に寄り、Cさんがテーブルと椅子を設営し、6人でテーブルを囲んでお弁当を食べた。Cさん準備のベリー入り紅茶がおいしかった。この日のツアー代金は24800Rub(約44640円)/4人で、なかなかの価値あるツアーだった。
途中の海岸や村を見学し、泥火山の入口に着いた時は12時半を回っていた。手前に小さな駅が有ったものの、あたりは全く観光地化されておらず、原野の道の行き止まりと言った感じの場所だった。Cさんの準備した長靴を履き、虫除けスプレーを肌にかけて出発した。かすかな踏み跡が有るだけの道だった。乾いた踏み跡は、やがて湿原になった。湿原の中をそのまま進んで行った。小さな流れでは長靴が水の中に20cm程浸かった。Cさんは時々GPSを見ながら方角を確認していた。
50分ほど歩くと急に広大な泥の広場に着いた。泥は円形に積もっていて、直径は300mほども有りそうだった。円の縁近くの泥はひび割れていて古そうだった。中に入っていくと泥は次第に柔らかくなった。まだ中心まで50mほど有りそうな場所でこれ以上は危険と判断して戻る事にした。Mさんがタブレット端末を使って「空から見ると、こう見えます。」と目玉のように映った泥火山の写真を見せてくれた。Cさんによれば、「柔らかさからみて1週間位前に噴出したのだろう」との事だった。「最大で50m位吹き上がる」との事だった。
泥火山からの帰りには海岸に寄り、Cさんがテーブルと椅子を設営し、6人でテーブルを囲んでお弁当を食べた。Cさん準備のベリー入り紅茶がおいしかった。この日のツアー代金は24800Rub(約44640円)/4人で、なかなかの価値あるツアーだった。
サハリンのエフスタフィア岬ツアー ― 2019/07/13 13:09
7月7日は、A社のツアーに参加してサハリンの南東海岸にあるエフスタフィア岬に行った。ユジノサハリンスク駅前に集合し、ツアー会社のスタッフ4人、日本語通訳1人、お客17人の総勢22人が4台の車に乗り込んで出発した。我々4人以外のお客は全員ロシア人だった。通訳のGさんは日本の会社に勤めている明るい感じの小柄な女性で、2週間前に一人で東京に遊びに行ったとの事だった。我々の車にはスタッフのCさん、通訳Gさんの他、現地の病院に勤めている女性看護師二人の合計8人が乗り込んだ。
エフスタフィア岬までは湖や村に寄り道しながら車で片道正味3時間ほどかかった。最後の30分ほどは道が悪く、車は船のように揺れた。通訳Gさんは途中で「気分が悪くなった」と言っていた。岬手前の駐車地点に着いた時は14時近かった。
岬の砂浜ではバーベキューをしている家族がいた。挨拶をして男性スタッフのEさんとFさんに従って岬の丘に登り始めた。道はハイキングコースにもなっていてしっかりしていた。花が一面に咲いていた。岬の最高点に着くとスタッフFさんがエフスタフィア岬の由来を説明してくれた。結構早口だったので途中で通訳のGさんも「ああ、ごめんなさい。間に合わない」と言いながら一生懸命通訳してくれた。海岸に戻ってからは岬を一周した。途中で沖合50mほどの所を3頭程のアザラシが泳いでいるのが見えた。
岬一周が終わると車のところに戻った。車の脇に立てられたテントではスタッフCさんと女性スタッフMさんが白いシェフの服を着て昼食を準備して待っていた。昼食の鮭のスープをおいしくいただいた。この日の費用は4500Rub(約8100円)/一人で地元のロシア人と同じ料金だった。通訳の費用はサービスしてくれたらしかった。
エフスタフィア岬までは湖や村に寄り道しながら車で片道正味3時間ほどかかった。最後の30分ほどは道が悪く、車は船のように揺れた。通訳Gさんは途中で「気分が悪くなった」と言っていた。岬手前の駐車地点に着いた時は14時近かった。
岬の砂浜ではバーベキューをしている家族がいた。挨拶をして男性スタッフのEさんとFさんに従って岬の丘に登り始めた。道はハイキングコースにもなっていてしっかりしていた。花が一面に咲いていた。岬の最高点に着くとスタッフFさんがエフスタフィア岬の由来を説明してくれた。結構早口だったので途中で通訳のGさんも「ああ、ごめんなさい。間に合わない」と言いながら一生懸命通訳してくれた。海岸に戻ってからは岬を一周した。途中で沖合50mほどの所を3頭程のアザラシが泳いでいるのが見えた。
岬一周が終わると車のところに戻った。車の脇に立てられたテントではスタッフCさんと女性スタッフMさんが白いシェフの服を着て昼食を準備して待っていた。昼食の鮭のスープをおいしくいただいた。この日の費用は4500Rub(約8100円)/一人で地元のロシア人と同じ料金だった。通訳の費用はサービスしてくれたらしかった。
サハリンでカヤック ― 2019/07/14 09:33
帰国の前日は、ツアー会社のA社にお願いして、ユジノサハリンスクから南東へ車で50分ほどのトナイチャ湖でカヤックを楽しむ事にした。我々のために二人乗りカヤックを1つ、一人乗りカヤック2つ、救命胴衣、ウェットスーツ、ネオプレーンの靴、小物を入れる防水袋、軽食、水を準備してくれていた。11時半にホテルから迎えの車に乗り、途中の公園で1時間ほど散策した後、トナイチャ湖には13時半過ぎに着いた。
C兄弟二人がこの日のガイドだった。二人はすでにウェットスーツを着て待っていた。湖畔には着替え用のテントが設営され、カヤックが並べられていた。「Are you ready(準備はできているか)?」と促されながら、ウェットスーツを着、簡単な説明を受けてからカヤックに乗り込んだ。快晴で風も無かった。漕ぎだした所は湖から海の方向へ水が流れ出る場所で、水はわずかに海側へと流れていた。最初は少し水に流されたものの要領が分かってくると順調に湖の中央へ向かって漕ぎ出す事ができた。もたつきながらも1時間ほどで途中の砂州に到着した。砂浜にカヤックを乗り付け、ガイドの準備したサンドイッチとジュース、紅茶をおいしくいただいた。
休憩後、湖を更に20分程かけて渡り、橋の下をくぐってもう一つの小さな湖、チェルヴャチュノエ湖へと入っていった。幅50mほどの細長い湖だった。湖面には波一つ立たず、周囲の緑が湖面に映ってきれいだった。30分ほどかけて一番奥まで進み、カヤックに乗ったまま5分ほど休んでから引き返した。橋の近くまで戻ると岸の子供達が我々を見つけて「ハロー、ハロー」と呼びかけ、最後尾のカヤックに向かって「Fast、Fast(急げ、急げ)」と声をかけてきた。橋をくぐってトナイチャ湖に出た所で再度岸辺の砂浜に上陸して一休みした。ガイドからチョコレートをもらった。赤ちゃんの顔がラベルに付いていたロシアのチョコレートだった。
最後に25分ほどかけてトナイチャ湖を渡り出発点の少し手前の砂浜に着いた。すでに車が移動してきていて着替えのテントも設営済みだった。カヤックを漕いでいた時間は休み時間も含め約4時間だった。この日の代金は6000Rub(約10800円)/一人だった。サハリンの最後を締めくくる楽しい一日だった。
C兄弟二人がこの日のガイドだった。二人はすでにウェットスーツを着て待っていた。湖畔には着替え用のテントが設営され、カヤックが並べられていた。「Are you ready(準備はできているか)?」と促されながら、ウェットスーツを着、簡単な説明を受けてからカヤックに乗り込んだ。快晴で風も無かった。漕ぎだした所は湖から海の方向へ水が流れ出る場所で、水はわずかに海側へと流れていた。最初は少し水に流されたものの要領が分かってくると順調に湖の中央へ向かって漕ぎ出す事ができた。もたつきながらも1時間ほどで途中の砂州に到着した。砂浜にカヤックを乗り付け、ガイドの準備したサンドイッチとジュース、紅茶をおいしくいただいた。
休憩後、湖を更に20分程かけて渡り、橋の下をくぐってもう一つの小さな湖、チェルヴャチュノエ湖へと入っていった。幅50mほどの細長い湖だった。湖面には波一つ立たず、周囲の緑が湖面に映ってきれいだった。30分ほどかけて一番奥まで進み、カヤックに乗ったまま5分ほど休んでから引き返した。橋の近くまで戻ると岸の子供達が我々を見つけて「ハロー、ハロー」と呼びかけ、最後尾のカヤックに向かって「Fast、Fast(急げ、急げ)」と声をかけてきた。橋をくぐってトナイチャ湖に出た所で再度岸辺の砂浜に上陸して一休みした。ガイドからチョコレートをもらった。赤ちゃんの顔がラベルに付いていたロシアのチョコレートだった。
最後に25分ほどかけてトナイチャ湖を渡り出発点の少し手前の砂浜に着いた。すでに車が移動してきていて着替えのテントも設営済みだった。カヤックを漕いでいた時間は休み時間も含め約4時間だった。この日の代金は6000Rub(約10800円)/一人だった。サハリンの最後を締めくくる楽しい一日だった。
真狩村から羊蹄山に登る ― 2019/07/27 13:10
芝生のきれいな真狩キャンプ場を後にして羊蹄山に登り始めた。あたりには霧が立ちこめていた。木からは雫がたくさん落ち、笹は濡れていた。歩くに従って服はずぶ濡れになった。七合目を過ぎると、この日最初の登山者、男性単独行が下りてきた。「昨日は霧で風も強く、下りる予定だったが小屋に泊まった」と話していた。
八合目が過ぎると急に高山植物が増えてきた。イワブクロやチシマフウロがたくさん咲いていた。九合目の分岐からは避難小屋方面にエゾカンゾウのお花畑が見えた。避難小屋を経由して登る事にした。霧はようやく晴れてきた。小屋番さんによれば前日は9人の宿泊との事だった。小屋から一登りで火口の縁に着いた。天気は良くなり青空も見えてきた。ニセコの山々が雲の上に見えた。火口を半周すると山頂で、登山者が6人休んでいた。一休み後、山頂からの続きの半周を歩いた。イワブクロがたくさんん咲く岩場だった。思いの外苦労して真狩への下山口に着いた。
真狩下山口から九合目への下りはハイマツ帯で下には寄り道してきた避難小屋が見えた。九合目が近づくと子供の「誰か来るよー」と言う声が聞こえた。お父さんの「二人組だよー」との返事が聞こえた。九合目で立ち止まると、小屋から家族連れがやって来た。5歳位の子供と、小さい子供をおんぶしたお父さん、荷物を背負ったお母さんの4人家族だった。お父さんから「下りて来るのが見えましたよ」と言われた。おんぶされた子供が「バイバイ」と我々に手を振っていた。
九合目からの下りは長くて大変だった。最後は足の踏ん張りがきかなくなり何度か転んでしまった。ようやくキャンプ場に着いた時は、すっかり夏の日差しになっていて暑かった。
八合目が過ぎると急に高山植物が増えてきた。イワブクロやチシマフウロがたくさん咲いていた。九合目の分岐からは避難小屋方面にエゾカンゾウのお花畑が見えた。避難小屋を経由して登る事にした。霧はようやく晴れてきた。小屋番さんによれば前日は9人の宿泊との事だった。小屋から一登りで火口の縁に着いた。天気は良くなり青空も見えてきた。ニセコの山々が雲の上に見えた。火口を半周すると山頂で、登山者が6人休んでいた。一休み後、山頂からの続きの半周を歩いた。イワブクロがたくさんん咲く岩場だった。思いの外苦労して真狩への下山口に着いた。
真狩下山口から九合目への下りはハイマツ帯で下には寄り道してきた避難小屋が見えた。九合目が近づくと子供の「誰か来るよー」と言う声が聞こえた。お父さんの「二人組だよー」との返事が聞こえた。九合目で立ち止まると、小屋から家族連れがやって来た。5歳位の子供と、小さい子供をおんぶしたお父さん、荷物を背負ったお母さんの4人家族だった。お父さんから「下りて来るのが見えましたよ」と言われた。おんぶされた子供が「バイバイ」と我々に手を振っていた。
九合目からの下りは長くて大変だった。最後は足の踏ん張りがきかなくなり何度か転んでしまった。ようやくキャンプ場に着いた時は、すっかり夏の日差しになっていて暑かった。
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